2007年11月14日水曜日

内藤高 2005 『明治の音―西洋人が聴いた近代日本』 東京:中央公論新社。

4121017919明治の音―西洋人が聴いた近代日本 (中公新書)
内藤 高
中央公論新社 2005-03

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明治初頭に来日した外国人が聴いた音を、主として彼らの書き残した文学的な記録から読み取っていく、という代物。
音は見ることよりもはるかに文化的保守性が強い、好悪がはっきりと現れる、異国の未知の音に対する反応や解釈は自分がそれまで慣れてきた文化的基盤に頼るしかないから、云々、という発想は面白い。
ただ、それらの見地が、別の人間が今後他の対象に応用できるようには整理されていないと思う。
だから、いかにも紀要にのりそうな物珍しい国文学の業績みたい。
耳なしホウイチの話は面白かった。あれは「耳」を奪われる話なので、いくらでもお話を作り上げられる気もするけど。

日本人女性が出した声が、トルコ語で「ねずみ」という意味の音だったのでトルコのことを思い出したことを、「ネズミという意味の回路によって別の女性の声を呼び起こす契機」(154)となった、と述べている部分は、うまい言い方だなあ、と思った。

さあらさあら読んでしまった。

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